映像詳細情報



は該当箇所の映像サンプルです。
No.1〜No.50No.51〜No.100No.101〜No.150No.151〜No.200No.201〜No.250No.251〜No.300No.301〜No.345No.H1〜No.H12
No.101 ドイツ、オーストリア侵攻(1938.03.12)昭和13年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
34 00:17:00〜00:17:40 00'40" 良/ナレーション
ドイツ軍、ウィーン入城、ビルの窓にずらり卍十字、戦車、歓迎する人々
  35 00:58:15〜01:00:20 02'05" やや不鮮明/サイレント
ドイツ軍、国境を越えて、歓迎の中入城、喜びの人々、夜の行進
  35 01:08:50〜01:10:55 02'05" 良好/サイレント
オーストリア侵攻のドイツ軍、戦車、パレード
各国の表情―イタリア(ムッソリーニ、アルプスの少年)フランス(首脳)、英国(チェンバレン他)ロシア(赤軍パレード、スターリン)米国
  69 05:47:23〜05:48:53 01'30" 良好/日ナレーション
市民を威嚇する独兵/行進するオーストリアナチス/歓呼にこたえるヒトラー
映像サンプルナレーション
 1938年、オーストリアに於いてもナチス勢力の台頭が著しく、3月13日に予定された独立か、ドイツへの併合かを問う国民投票を前に12日、シュシュルク首相はヒトラーの併合要求に屈服、退陣に追い込まれました。早くも国境に終結していたドイツ軍は続々とオーストリア領内に入り、19年間の共和制オーストリアに終止符が打たれました。

No.102 江北・江南戦線(武漢前哨戦)(1938)昭和13年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-13-1 00:07:49〜00:17:37 09'48" 良好/ナレーション
江北戦線、福江部隊進撃、渡河作戦/江南戦線、山岳戦、武穴戦線、海軍部隊砲撃(揚子江)戦闘、炎上する家、機銃掃射、突撃、光州陥落、入城
映像サンプルナレーション
 昭和12年末、南京を攻略した日本軍は翌13年、後退する中国軍を追って中国政府の諸機関が集中する武漢に迫ります。戦争不拡大を方針としたにもかかわらず、蒋介石政権を相手にせずとした日本政府の方針の矛盾、そして何よりも中国民衆の徹底した抗日意識への認識不足により、日本は後戻りの出来ない泥沼の戦争へと入り込んでしまいます。

No.103 ミュンヘン会議(1938.09.30)昭和13年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
3 06:21:48〜06:22:26 00'38" 良好/ナレーション
ヒトラー、オープンカーで、大群衆、ミュンヘン会議で調印するムッソリーニ、チェンバレン、ダラディエ
  3 06:23:56〜06:24:50 00'54" 良好/実況
飛行機、到着、帰国報告するチェンバレン(肉声)、新聞
  10 19:04:48〜19:05:40 00'52" 良好/ナレーション
ヒトラー、会談の建物へ、調印、チェンバレン帰国報告(肉声)
  35 00:19:44〜00:20:33 00'49" 不鮮明/サイレント
ズデーデン地方―ヒトラー視察、ゲーリング住民に歓迎される、食料供給
  35 00:57:50〜01:00:19 02'30" 不鮮明/サイレント
オーストリア併合のニュース/ナチ進軍/歓迎する市民/夜の行進
  49 00:50:39〜00:51:10 00'31" 良好/ナレーション
会談のムッソリーニ、ヒトラー、ゲーリング、ダラディエ、調印するムッソリーニ、夜の大歓迎会(ローマ?)
  51 19:34:20〜19:34:45 00'25" 良好/サイレント
「会議場」(?)チェンバレン、イーデン
  N-35 01:04:07〜01:05:16 01'09" 良好/ナレーション
新聞記事(写真)ヒトラー、チェンバレン、ダラディエ、ムッソリーニ/調印するチェンバレン、ムッソリーニ、ダラディエ握手するヒトラーとダラディエ、調印後チェンバレン談話
  65 01:16:33〜01:20:47 04'10" 良好/ナレーション英語
ドイツ空軍/飛行機設計、工場/メッサーシュミット109/ナチスドイツオーストリア併合/チェコ侵入/ミュンヘン協定/ダラディエ、チェンバレンら署名/ムッソリーニ、ヒトラー/チェンバレン帰国声明/PEACE IN OUR TIME
映像サンプルナレーション
 1938年9月30日, 英仏独伊の4国首脳がミュンヘンで会談、チェコスロバキアのズデーテン地方をドイツに割譲することに同意するミュンヘン協定に調印しました。ズデーテン地方に居住するドイツ系住民の要求を盾にし強力なドイツ国防軍の武力を背景とするヒトラーの強硬な要求の前に英仏両国は戦争の危機を回避するとしてチェコの利益を犠牲に供したのです。

No.104 武漢三鎮攻略(1938.10.27)昭和13年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  36 00:58:50〜00:59:30 00'40" 良/サイレント
江上で燃える船、日本軍入城パレード
  37 00:04:35〜00:05:45 01'10" やや良/サイレント
武漢の病院―看護婦治療する、武漢の女性たち、蒋介石夫妻、中国軍
  37 00:29:05〜00:30:20 01'15" 不鮮明/サイレント
バリケード内の人々、日本海軍人と米軍人、火災、侵攻する日本兵
  40 00:08:45〜00:22:10 13'25" 良好/日本語ナレーション
日本軍武漢へ、砲撃、「さん水作戦」「新洲占領」市街戦「漢口突入」漢口俯瞰、肉弾戦、砲撃、艦砲射撃、野戦、「武漢の命運尽きる」航空部隊、「武漢占領」バンザイ、陸海両軍入城、たんたんと迎える中国人、外人と交歓、日本軍、大本営発表(肉声)
40 00:28:35〜00:37:45 09'10" 良好/
漢口へ(地図)行軍、攻略作戦イラスト、地図、空からの爆撃、爆発/艦砲射撃。前進する日本軍。蒋介石および高官。作戦イラスト・地図/砲撃開始!総攻撃、山岳地での戦闘
  70 04:01:01〜04:10:33 09'32" 良好/和ナレーション
漢口攻略戦/上陸/秩父宮/戦闘/空襲/日本軍進撃/戦車隊/炎上する市内/他国駐留軍/漢口入城式/祝賀会/皇居前万歳/子供たち行列/提灯行列/中国市民 街路 配給 農業/日の丸を縫う女性/日本軍 騎馬隊 歩兵 戦車
映像サンプルナレーション
 昭和13年10月28日、揚子江中流の武漢が日本軍の攻撃により陥落しました。しかし、軍事機関を残し国民政府の諸機関はすでに7月の段階で更に上流の重慶へと移転しており、国民政府と抗日軍事力の壊滅を狙う日本軍の意図は空振りに終わります。この時点で中国大陸に展開する日本軍は100万に達しており息切れが始まっていました。

No.105 ナチスのユダヤ人迫害強まる(1938)昭和13年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:24:40〜05:27:20 02'40" 良好/ナレーション(スーパー)
シナゴーク(教会堂)外観、内部で祈るユダヤ人(ドラマ)、ナチ大会
3 06:22:35〜06:23:55 01'20" 良好/ナレーション
ナチス、ユダヤ商店閉鎖、なじられるユダヤ人、ユダヤ人ゲットーでの生活
  35 00:57:50〜00:58:10 00'20" 不鮮明/サイレント
反ナチ抗議の米市民(1938)―抗議の市民
  35 01:00:20〜01:01:00 00'40" 不鮮明/サイレント
反ナチ抗議のニューヨーク市民(1938)―デモ、夜も
  35 00:52:50〜00:53:30 00'40" 不鮮明/サイレント
反ナチ抗議のニューヨーク市民(1938)デモ/NYC市長オブライエン支持
  46 00:23:58〜00:24:13 00'15" 良/ナレーション(英語)
閉鎖したユダヤ商店の前に立つナチス、ナチスのパレード(ドラマも)
映像サンプルナレーション
 1933年3月、ナチスのユダヤ人に対する迫害はユダヤ人の商店、医師、弁護士等のボイコットという形で始まりました。実行に当たったのはナチスの私設軍隊「突撃隊」でした。この時ヒトラーは首相となって2ヶ月、あまりに悪い外国の評判を気にしたのか、ボイコットは3日間で中止されます。しかし、迫害は年々強まり、やがてゲットーへの強制移転、強制収容所での大量虐殺へと発展します。

No.106 ドイツ、プラハ攻略(1939.03.15)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:11:55〜05:12:05 00'08" 良好/ナレーション、音
独軍、戦車進撃、国境(チェコ)を越えるドイツ軍、砲撃
10 19:56:18〜19:56:30 00'12" 良好/ナレーション
独軍侵攻、泣きながら「歓迎」するチェコ婦人
  34 00:20:08〜00:21:10 01'20" 良/ナレーション英語
歓迎幕の下ドイツ軍入城、大歓迎、道に花をまく老女、ヒトラー、オープンカーで登場
  37 00:01:15〜00:01:50 00'35" 不鮮明/サイレント
プラハ―独軍パレード、首脳、武器運搬
  37 00:34:28〜00:35:00 00'32" 不鮮明/サイレント
独軍入城、トラック、首脳(同上と同じ=Vol36)
  51 19:33:38〜19:35:07 01'29" 良好/サイレント
1939年頃のヒトラー演説、ヨーロッパ侵略地図、ムッソリーニと会見、チェンバレン、閲兵するヒトラー/ドイツ軍行進
映像サンプルナレーション
 1938年9月、ヒトラーの強硬な要求に屈した英仏両国は、チェコスロバキアのズデーテン地方をドイツに与えるミュンヘン協定を結び、束の間の平和が訪れました。しかしチェコを犠牲に供したこの協定は、結果的にヒトラーの野望の達成を助けるものとなり、早くも翌年3月15日、ヒトラーは首都プラハに進駐、チェコスロバキアを解体、ドイツに併合したのです。

No.107 スペイン戦争終結・フランコ独裁(1939.03.28)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  34 00:17:53〜00:18:49 00'56" 良/ナレーション、音
VOL8と同じフランコ、行進するフランコ軍
  35 00:40:22〜00:41:30 01'08" 一部不鮮明/サイレント、一部実況
破壊された建物、押収した武器、難民たち、フランコ軍勝利祝賀/車から降りるフランコ、ベランダからフランコ、亡命する共産党女闘士/車にのる彼女
  35 00:55:17〜00:56:20 01'03" やや不鮮明/サイレント
フランスへ亡命したスペイン人を視察する仏高官、人民軍CU
  36 00:56:20〜00:56:50 00'30" 良/ナレーション
フランコとその家族、妻CU、フランコと娘
37 00:03:14〜00:04:25 01'11" 一部不鮮明/ナレーション実況
破壊された建物(カタロニア)戦闘、兵士たち、負傷兵、教会、難民たち、フランコ軍戦勝祝賀、フランコ(VOL35と同シーン、良好)
  37 00:35:05〜00:36:35 00'30" 良/サイレント
国境に集まった難民、検問、泣く少女、負傷した人々など続々、子供/食事、収容される子供
映像サンプルナレーション
 1939年3月28日、フランコが率いるファシスト軍が首都マドリードに入城、足掛け3年に及ぶスペイン内戦が終結しました。一月前の2月27日共和国の支援していた英仏両国がフランコ政権を承認、共和国軍はまだ50万の余力を残しながらも、共産党等の徹底抗戦派と交渉による戦争終結派が激しく対立して士気の低下を招いたこと、また英仏の軍事支援がストップしたこと等から、やむを得ず降伏する結果となったのです。

No.108 イタリア・アルバニア併合(1939.04.07)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 06:07:20〜06:07:35 00'15" 良好/ナレーション
鉄カブトのムッソリーニ顔CU、ローマ・コロシアムの大群衆、アジるムッソリーニ
35 00:37:25〜00:38:40 01'15" 良好/ナレーション(一部サイレント)
ムッソリーニ、アルバニア侵攻のイラスト・地図、アルバニアの湾に入る軍艦、イタリア兵上陸、進軍するイタリア兵、戦車隊、トラックで入城/歓迎するアルバニア人、イタリア海軍の数隻の軍艦
  49 00:51:10〜00:51:30 00'20" 良好/ナレーション
イタリア兵、ムッソリーニの勇姿(1932年以降)鉄カブト、シーザー像前、バルコニー
映像サンプルナレーション
 領土の拡大、ヨーロッパ制覇に狂奔するヒトラードイツに呼応するかのようにバルカン半島に侵攻したイタリア軍は、1939年4月7日アルバニアの併合を宣言しました。イタリアの動きに反発する英・仏両国は、地中海艦隊を終結させムソリーニに圧力をかけようとしましたが、それ以上のことは出来ずイタリアの侵略を黙認する結果となったのです。

No.109 ノモンハン事件(1939.05.11)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-13-2 00:36:36〜00:37:33 00'57" やや不鮮明/サイレント
戦車隊進撃、日本軍騎兵隊疾走
映像サンプルナレーション
 1939年、昭和14年5月11日、満州国とモンゴル人民共和国の国境にあるノモンハンで国境線を巡り両国軍が衝突が発生、衝突はやがて満州国駐屯関東軍とモンゴル駐屯ソ連軍との全面衝突に発展しました。ソ連軍の実力を甘くみた関東軍はソ連軍を包囲懴滅する作戦に出ましたが、ソ連軍の圧倒的な火力と戦車部隊の攻撃に大損害を被り敗退を余儀なくされたのです。

No.110 陸軍大将、阿部信行内閣成立(1939.08.30)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-35 00:38:25〜00:38:54 00'29" 良好/肉声
組閣要請を天皇から受けたと声明(肉声)
映像サンプルナレーション
 (オリジナルの音声)

No.111 ドイツ・ポーランド侵攻/第二次大戦勃発(1939.09.01)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  30 00:03:25〜00:05:00 01'35" 良/サイレント
ヒトラー(党大会?)演説、参加者いっせいに“ハイル・ヒトラー!”ドイツ歩兵行軍ん、自転車部隊、国境の防衛戦、要塞内のドイツ兵、パレード、空軍、ポーランド(ワルシャワ?)の平穏な町の様子/建物、どいつ海軍の戦艦、Uボート、戦車、火炎放射器で前進するドイツ兵、ポーランド騎馬兵、ポ軍の砲撃、橋爆破、野戦、川を渡るポーランド軍騎馬隊
  34 00:21:30〜00:27:10 05'30" 一部不鮮明/ナレーション/実況
同上のヒトラー演説(肉声)、ヒトラー山荘へ、ゲーリングと、山荘内の2人、シルエット2人、会談、新聞、ヒトラー閲兵、ドイツ軍パレード独機発進、同編隊、空爆、破壊
  35 00:30:50〜00:32:00 01'10" やや良/ナレーション、音
ドイツ海軍戦艦、U ボート、歩兵、戦車、火炎放射器で前進するドイツ兵、ポーランド軍騎馬隊
N-35 01:05:17〜01:06:57 01'40" 良好/ナレーション(日)
進軍する独軍、渡河、ヒトラー飛行機で前線へ、総統車に駆け寄る兵士、破壊跡、ポーランド軍の遺棄兵器、車輌
  N-59 00:47:12〜00:51:54 04'42" 良好/ナレーション(日)
国境に集結するドイツ軍、国境を越えるドイツ軍、ヒトラー国会で進攻を告げる、ポーランド軍部隊行進、国民、破壊されたポーランド機、戦車に立ち向かうポーランド騎兵、ドイツ軍機のポーランド爆撃、ハンス・フランクポーランド総督になる、ヒムラーの親衛隊の資料映画、ポーランドの街のマーケットの状況、ドイツ警察の手入れ始まる、ユダヤ人の点検、人質の逮捕、連行
  50 18:21:25〜18:31:10 09'35"  
日ソ中立条約、独ソ条約、ドイツ軍、ポーランド侵入
  65 01:20:47〜01:25:34 04'47" 良好/ナレーション英語
ナチス空軍ポーランド侵略(WW2始まる)/ポーランド空軍迎撃/壊滅/ポーランド陸軍退却/ナチ空襲/ワルシャワ郊外のゲーリング/ワルシャワ空襲/ワルシャワ市民犠牲者/嘆く子供、人々
映像サンプルナレーション
 1939年9月1日、53個師団を超えるドイツ精鋭部隊が雪崩を打ってポーランド国境を越えました。機械化されたドイツ軍の電撃作戦の前に、騎兵を主力とするポーランド軍はなす術もありません。ヒトラーはそれまでは、オーストリア、チェコ等、武力による威嚇を背景に、交渉で領土を拡大してきましたが、このポーランド侵攻は直接の武力侵略の開始でした。

No.112 第二次世界大戦・英仏対独宣戦(1939.09.03)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  30 00:05:15〜00:05:35 00'20" 良好/サイレント
イギリスの戦時体制―チェンバレン、ロンドン、英海軍
30 00:06:13〜00:10:18 04'05" 良好/サイレント
フランス―パリ市民の日常風景、人々、バス、徴兵を受ける男たち、馬も徴用、フランス兵、軍需産業、軍事パレード、空軍、マジノライン、同イラスト・地図、要塞内のフランス兵/アメリカ―NYの風景、ルーズベルト“中立宣言”ラジオ、ルーズベルトCU
  35 00:09:35〜00:10:55 01'20" 良好/サイレント/一部ナレーション
イタリア―ムッソリーニ閲兵、雪山岳進軍のイタリア兵/フランス―政府高官、とりまく記者たち/イギリス―政府高官(肉声)/ソ連―スターリン、クレムリン広場で軍事パレード閲兵/アメリカ―高官に記者が質問、応答(肉声)
  N-35 01:07:20〜01:07:48 00'28" 良好/ナレーション(日)
マジノ、ジークフリート線の戦闘、英・独海戦
  59 05:14:38〜05:15:22 00'44" 良好/ナレーション(英)
ジョージ6世、英国王、英空軍を視察
映像サンプルナレーション
 徴兵検査を受け戦場へ向かうフランスの人々。1939年9月1日のドイツのポーランド侵攻に対し、ポーランドの同盟国である英仏両国は、最後通牒を発して、直ちに撤退するよう求めましたが、ヒトラーは拒否します。平和を維持するためヒトラーに対し妥協を重ねてきた英仏両国は、9月3日遂にドイツに宣戦を布告、第2次世界大戦はこうして始まりました。

No.113 ソ連、ポーランド侵攻(1939.09.17)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
37 00:06:42〜00:07:05 00'22" 良好/サイレント
ソ連―スターリン赤の広場で閲兵、パラシュート部隊降下、ソ連軍/戦車が森の中から進撃
映像サンプルナレーション
 1939年9月17日、ドイツのポーランド侵攻に併せ、東部国境から、白ロシア、ウクライナ系住民の保護を名目にソ連軍が一斉にポーランドに侵入しました。ヒトラーとスターリンは、お互いの打倒を目標としながらも当面の利益のために独ソ不可侵条約を結び、ポーランドを分割占領するという取り引きを行っていたのです。

No.114 「カチンの森」虐殺事件(1939)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
49 00:41:04〜00:42:19 01'15" やや良/サイレント
掘り起こされた死体の列、見守る遺族、遺品、墓穴の前で涙にくれる遺族、埋められる墓穴
  10 19:17:48〜19:19:05 01'17" 良好/音
政府要人らの遺骸、発掘、嘆く遺族(ラトビアでのソ連軍による虐殺事件)
映像サンプルナレーション
 1943年、ドイツのラジオがソ連領内スモレンスク郊外の「カチンの森」でポーランド軍将校4000人の遺体を発掘、犯人はソ連秘密警察であると告発しました。しかしソ連当局は否定、事件は第2次大戦の大きな謎とされていましたが、ソ連のポーランド侵攻から50年後の1990年4月13日、ソ連タス通信は、「カチンの森」虐殺事件はソ連秘密警察の犯行と認め深い陳謝を表明するとともに、「スターリン主義」の極悪犯罪のひとつであると伝えました。

No.115 ワルシャワ陥落(1939.09.27)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:12:13〜05:12:25 00'12" 良好/音
飛行機陥落、死体、戦車、大砲、丘で爆発
N-14-1 00:09:55〜00:12:28 02'33"  
空中戦ポーランドへ進撃するドイツ軍。飛行機の中のヒトラー(眼下にワルシャワの街)兵士の歓迎を受けるヒトラー
  34 00:27:00〜00:27:10 00'10" やや不鮮明/ナレーション、実況
破壊されたポーランドの町、港、艦砲射撃、炸裂
  36 00:57:15〜00:58:00 00'45" 不鮮明、ブレ/サイレント
ビル炎上、市中へ侵攻する独歩兵(ガスマスク)
映像サンプルナレーション
 1939年9月27日、ナチスドイツの圧倒的な軍事力の前にワルシャワが陥落しました。この映像は陥落したワルシャワに空から乗り込むヒトラーの様子をとらえた映像です。200万の兵力を誇った世界有数の陸軍国ポーランドを侵攻1ヶ月足らずで撃破したドイツ軍の電撃戦は、ドイツ軍不敗の神話を生み、ヒトラーの世界制覇の野望に、火に油を注ぐ結果となったのです。

No.116 日本軍、南寧占領(1939.11.24)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-54 00:17:06〜00:22:34 05'28" 良好/ナレーション
地図、進撃する日軍、戦車車窓から見た情景、火炎攻撃、騎馬隊、行軍、南寧入城、破壊された米軍機、/日本軍、桂林飛行場占領、空爆、渡河作戦、上陸する日本軍、戦闘、機銃戦
映像サンプルナレーション
 中国国民政府は南京から武漢、重慶へと移動しつつ日本軍に対し徹底抗戦の姿勢を崩そうとはしません。1939年、昭和14年11月24日、日本軍は米英両国の中国政府への補給基地の一つ南寧を占領しました。これは日本軍の作戦が、中国軍の激しい抵抗を支える米英の補給路を遮断して、壊滅戦から長期持久戦へと方針を変えざるを得なくなった結果でした。

No.117 ソ連、フィンランド侵攻(1939.11.30)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
35 00:39:03〜00:40:13 01'10" 一部不鮮明/サイレント
終結―会議、フィンランドのイラスト地図、炎上する建物、避難する婦人、子供、燃えるビル、ベッドの負傷者、雪上で戦闘、戦車、死者、暖をとる人々
  35 00:46:03〜00:47:26 01'28" やや不鮮明、良/サイレント
赤の広場のパレード、イラスト・地図、会議(同シーンあり)疎開する人々、ソ連のパラシュート降下、戦車森から進撃、砲撃、スキー部隊、軍用犬
  N-35 01:07:00〜01:07:23 00'23" やや良/ナレーション
雪中、砲撃戦
映像サンプルナレーション
 1939年11月30日、ソ連・フィンランド不可侵条約を破棄したソ連はヘルシンキを爆撃、陸軍も国境を越えて侵入しました。これはスターリンがレニングラードを他国からの砲撃圏外に置くためフィンランド湾内の島の割譲、海軍基地化等を一方的に要求したのに対しフィンランド政府が拒否したためでした。

No.118 独戦艦シュペー号自沈(1939.12.17)昭和14年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  N-35 01:07:49〜01:08:12 00'23" 良好/ナレーション(日)
英巡洋艦隊の砲撃うけるシューペ号、自爆するシューペ号
55 01:00:00〜01:01:52 01'52" 良好/ナレーション(英)
モンテビデオ港のシュペー号、戦死者の棺多数、上陸する乗組員と士官たち、自爆するシュペー号(空撮)
  11 22:05:39〜22:08:49 03'10" 良好/ナレーション(英)
英海軍の攻撃を受けた後のシュペー号、埠頭を埋める群衆、上陸するナチ将校ら、自沈するシュペー号、ドイツ水兵上陸、大爆発のシュペー号
映像サンプルナレーション
 1939年12月13日、イギリス艦隊に追われて中立国ウルグァイのモンテビデオ港に逃げ込んだドイツ戦艦シュペー号。ウルグァイ政府の立退き要求に対し、艦長ラングスドルフは自沈を決意、捕虜、乗組員を船から降ろし、17日、戦艦シューペーはモンテビデオ港外で自爆沈没しました。翌日、ラングスドルフ艦長は、「艦と運命を共にする」との遺書を残し自殺しました。

No.119 ワルシャワ・ユダヤ人ゲットー(1940.10)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-59 00:49:57〜00:58:16 08'19" 良好/ナレーション
ハンツ・フランク総督、ワルシャワ市内、警察手入れ、ユダヤ人狩り、人質連行、ユダヤ人専用電車、ゲット内の実景、ゲットーの入口、路上を行き交う人の絶望の表情、路上に座り込む子供、倒れたまま動かない老人、さすらう親子、僅かな食物を口に入れる、汚物にまみれたユダヤ人家族の生活、力なく布団に横たわり死を待つ少年たち、弟のしらみをとる少女、踊って物乞いをする幼児、人々を殴りつける警備員、死体がゴロゴロしている路上、行き倒れの死体、棺に入れ運ばれる
映像サンプルナレーション
 ユダヤ人に対するナチスの抑圧は一層深まり、1940年11月にはナチス占領下のポーランド・ワルシャワにユダヤ人を隔離収容するゲットーが設けられました。2、5メートルのコンクリート塀に囲まれた僅かな場所に押し込められた50万のユダヤ人のうち、疫病と飢餓で12万人が死に、31万人が強制収容所のガス室へと送られたのです。

No.120 汪精衛「国民政府」樹立(1940.03.30)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  N-16-2 00:09:34〜00:10:15 00'41" 良好/ナレーション
軍艦出雲の及川指令長官を訪れる汪兆銘
N-35 01:11:43〜01:12:25 00'42" 良好/肉声
熱弁を振るう汪精衛(肉声)/国民政府樹立式典
映像サンプルナレーション
 中国国民党の対日融和派である汪兆銘が、日本政府の支援のもとに昭和15年3月30日、「中華民国国民政府」を樹立、重慶にある蒋介石の国民政府を無視し、首都を南京に定めました。将来の重慶政権との合体に備え、汪兆銘は主席とならず主席代理を称し、「善隣友好」「反共和平」「民主安定」等の政策を唱えましたが、所栓は日本の傀儡と目され日本の破滅と運命を共にしたのです。

No.121 ドイツ・スカンジナビア侵攻(1940.04.07〜)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:12:05〜05:12:14 00'09" 良好/ナレーション
ノルウェーへの爆撃、空襲の町
35 00:32:41〜00:34:58 02'17" 一部不鮮明/サイレント、ナレーション
ニュースを見る人々、新聞、大編隊、北欧の町、ドイツの畑デンマーク占領/ノルウェー/国王亡命、戦艦の砲撃/スウェーデン―軍港、国王夫妻、砲撃
映像サンプルナレーション
 1940年4月9日ドイツ軍が、中立を表明していたノルウェー、デンマークを急襲、両国は否応なく大戦の渦中に巻き込まれました。この日デンマークとノルウェー駐在のドイツ大使は両国政府にイギリスから両国を守るため保護占領すると通告、戦争準備のなかったデンマークはこれを受入れ、抗戦を決意したノルウェーも戦力の差は如何ともしがたく、夕刻には首都オスロが制圧されました。

No.122 英国チャーチル内閣成立(1940.05.10)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  34 00:51:25〜00:51:38 00'13" 良/ナレーション
チャーチル、海軍慰問
50 00:00:01〜00:02:09 02'08" 良好
イギリス軍兵士を慰問するチャーチル
映像サンプルナレーション
 1940年5月10日、英国ではチェンバレン首相の辞任を享け、ウインストン・チャーチルが、保守・自由・労働3党による挙国連立内閣を組閣しました。オーストリアに始まり、チェコ、ポーランド、スカンジナビアへと、とどまること無くかしゃくない電撃作戦でヨーロッパを席巻するナチスドイツに対抗する強力な戦時体制の確立を目指したものでした。

No.123 ドイツ、ベネルクス3国侵攻(1940.05.10〜)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  35 00:35:00〜00:35:12 00'12" 良/音
オランダ―国王、軍隊を閲兵
N-14-1 00:17:52〜00:19:27 01'35"
爆撃するドイツ空軍、ドイツ軍の進撃、ヒトラーとペタン仏軍元帥・降伏調印
  37 00:33:40〜00:34:15 00'35" やや良/ナレーション
ベルギー降伏―首脳、新聞、国王、軍隊を閲兵
  65 01:25:34〜01:28:38 03'04" やや良/ナレーション英語
マジノ線、兵士の食事/ドイツ軍オランダへ侵攻、ゲーリング、パラシュート部隊/ベルギー攻略、避難する市民たち、空襲、狭い街道のカオス
映像サンプルナレーション
 1940年5月10日未明、ドイツ空軍がオランダ各地を猛爆、空挺部隊の急襲を受けたロッテルダムとハーグは僅か4日間の戦闘で陥落しました。ドイツ軍の攻撃は西部戦線全般にわたり、オランダヘ侵攻した30個師団に加え、西部戦線中央部フランス国境に45個師団、ルクセンブルグに19個師団という大規模なもので、ドイツ軍の圧倒的な軍事力と電撃戦により、ベルギー国境に展開した英仏連合軍は崩壊しダンケルクへと追い詰められることになります。

No.124 ドイツ・フランス軍を粉砕(1940.05.17)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  2 03:11:10〜03:12:00 00'50" 良好/サイレント
セーヌ河ごしにノートルダムなど市内を遠望、町中、寺院、オペラ座、エッフェル塔、独軍越境して怒濤の進撃、戦車、オートバイなど
  3 06:24:50〜06:27:10 02'20" 良好/ナレーション、実況
仏要塞、マジノ線、内部の仏軍、その機能解説、砲撃、マジノ線CU/ヒトラー、オープンカーに/(米軍の演習、米海軍、歩兵)
  34 00:31:00〜00:37:15 06'15" 不鮮明、やや良/ナレーション
マジノ線の仏軍、要塞内、ノルウェー、デンマークなど占領、戦車マジノ線突破、ベルギー越境、オランダも、大編隊、パラシュート降下、戦車戦、ビル火災、避難する人々、空襲
  34 00:37:22〜00:49:10 11'48" やや良、不鮮明/ナレーション
独軍渡河、戦車、砲撃、夜間攻撃、燃えるビル、避難する人々、ドイツ軍進攻、市内占領、空中戦、砲撃、墜落する飛行機、商船を爆撃、砲撃編隊、戦車進撃、避難する尼僧、子供たち、学童疎開、独軍の進撃つづく、パリ入城、フランス占領、巨大大砲で砲撃、山上で大爆破
  48 00:01:30〜00:05:20 03'50" 良好/ナレーション、実況
越境する独軍歩兵、仏の町に突入した独軍、戦車、白兵戦、町を探索する独兵、破壊の町中を行く独兵、攻略のイラスト地図、オートバイにのった独兵、砲撃、進撃、ゴムボートで渡河
65 01:28:38〜01:34:42 06'03" 良好/実況、ナレーション
マジノ線イラスト地図/マジノ線を目指すドイツ軍、岸を滑りおり、森を走る兵士たち、戦車の列、ミューズ河渡河、空襲/ハーケンクロイツ旗林立、パレード、ヒトラー閲兵、ジークハイル!
映像サンプルナレーション
 この映像は、フランス東部国境を守る要塞線マジノラインの映像です。マジノラインはドイツ軍の侵攻からフランスを防衛するために、当時陸相であったアンドレ・マジノ将軍の計画により莫大な費用をかけて作られました。しかし、1940年5月、西部戦線全線で大規模な攻勢に出たドイツ軍はベルギー国境の英仏連合軍を撃破し、アルデンヌの森でマジノ線を突破、フランスの首都パリに向け急進撃し、1ヶ月後パリは陥落しました。

No.125 ダンケルク撤退作戦(1940.06.04)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
41 00:59:50〜01:01:45 01'55" 良好/実況、ナレーション
ダンケルク港、砲撃を受ける。乗船する兵士たち、港、ボートで近づく兵士たち、ダンケルク町煙りをだしている、撤退を舟の側から見る(VOL38と同カット)乗船、イギリスへ向かう船団、眠りこける船上の兵たち、遠くから煙り立ちのぼる光景を見つめている兵士、英本土へ上陸、歓び合う兵たち、負傷者も上陸、歓ぶ顔CU
  55 01:08:10〜01:10:11 02'01" ナレーション英語
攻撃されるダンケルク/海岸線から船へ向かう兵士ら/船上の負傷者たち/英国側へ無事上陸し喜ぶ連合国将兵ら/列車から手を振る兵士ら
映像サンプルナレーション
 1950年6月4日、ドイツ軍によってフランスの北東部ノルマンディ海岸のダンケルクに追い詰めらた英仏連合軍40万人の兵士の運命は決したかと思われました。しかしイギリスの艦船から民間の漁船やヨット等あらゆる船舶が動員されて救助にあたり、当初の救助見込4万5千に対し奇跡的にも34万人の救助に成功したのです。この救出作戦の成功に対し、イギリス首相チャーチルは「この救出の成功の中に勝利が含まれている」と演説しました。

No.126 重慶爆撃(1940.06.10)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  15 00:35:40〜00:41:40 06'00" 良好/ナレーション
蒋介石、高官たちと、蒋閲兵、政府建物、内部で作戦会議、各幹部CU、蒋介石、兵を前に演説(肉声)、兵の行進、戦車、蒋閲兵、援将ビルマルートで、建設作業すすむ、中国の地図・イラスト、編隊飛行の日本機が空襲、消火作業、燃える建物、日本軍入城、避難する人々、列車で、重慶の町遠景、階段をのぼり下りする人、爆撃、町の人々消化する、ビルマルートの建設する人々
  31 00:48:10〜00:48:58 00'48" 良好/英語ナレーション
重慶の町、階段を往き来する人々の賑わい、作業する人々、日本機による重慶爆撃、空襲を受ける重慶の町(遠望)、蒋スチール
  5 10:01:45〜10:11:10 09'25" 良好/ナレーション
重慶へ向かう人々の群れ、歩いて、船で、鉄路を、大群、荷車を引いて、汽車で、船で、船をこぐ人々CU、上流の河をのぼる船と引っぱる人々、中国地図・イラスト、重慶の町(遠景)、階段のあるシーン(同上)、日本航空部隊(ドラマ)、日本機飛行、大編隊、重慶爆撃、空中戦、撃墜する飛行機、重慶の人々サイレンで待避、爆撃、爆弾投下、爆撃された重慶の町(遠景)、その下で働く人々
  7 13:13:55〜13:14:00 00'05" 良好/ナレーション
執務中の蒋介石
N-35 01:10:17〜01:11:42 01'25" 良好/ナレーション(日)
日本軍航空部隊、編隊飛行、離陸、機内、爆弾投下、炎上する重慶(夜)、翌日の重慶、閲兵する蒋介石、空を見る蒋、宋美麗
映像サンプルナレーション
 この映像は1940年6月頃の日本軍の重慶爆撃の様子です。当時日本軍は広大な中国大陸と中国人民の徹底抗戦の中、点と線を押さえるのが精一杯の状態に追い込まれていました。日本軍は国民政府が首都を移した重慶に対し大規模な爆撃を行うことで屈服させようとします。しかしこうした攻撃も功を奏することなく終り、やがて日本は戦局の打開を求めて太平洋戦争へ泥沼の道を一歩進めることとなるのです。

No.127 パリ陥落(1940.06.14)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
2 03:12:00〜03:17:40 05'40" 良好/サイレント
独軍パリ入城、パリ市民泣きながら迎える/パリ1944(タイトル)―凱旋門、パリの日常生活、カフェ、レストランのひととき、各名所の建物、セーヌ河の恋人たち、公園、シャンゼリゼ、独軍パリ入城、迎える悲しみのパリ市民、独軍司令官、進軍する独兵、凱旋門をくぐり指令部へ入る高官、卍のある占領下のパリ、競馬観戦の独軍将校ら、独司令官
  3 05:11:32〜05:11:47 00'15" 良好/音、ナレーション
独大砲炸裂、燃える建物、エッフェル塔に卍十字、独軍パリ入城
  9 17:37:00〜17:37:27 00'27" 良好/ナレーション
独国旗ひるが得る、パリのヒトラー、得意顔で数人の者と、占領のパリ市民
  34 00:48:15〜00:50:35 02'20" 一部不鮮明/ナレーション、実況
独パリ入城、独国旗ひるがえる、マジノ線で大砲撃、コンピエーヌの森で降伏調印式“記念”の列車に入る独仏将官、列車から降りてくるヒトラー、ヒトラー閲兵、ヒトラー得意顔
  48 00:00:45〜00:01:28 00'43" 良好/ナレーション
第1次大戦の独降伏記念碑と“記念”列車―仏の黒人兵CU、コンピエーヌの森、記念碑CU
映像サンプルナレーション
 1940年6月14日、ドイツ軍がフランスの首都パリを占領、この映像は凱旋門前を行進するドイツ軍第4軍歩兵師団の兵士です。街には三色旗の代わりにハーケンクロイツがひるがえり、ラジオからは「世界に冠たるドイツ」とナチスの党歌「ホルストウェッセル」が流れ、ドイツ兵を迎えるパリ市民の眼には涙が光っていました。

No.128 中国抗日体制を強化(1940)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
5 10:11:13〜10:13:40 02'27" 良/ナレーション(英)
志願者、新兵訓練、体操、ナチス式鉄帽で銃剣術、訓練、女性部隊射撃訓練、アメリカ空軍(フライング・タイガー隊)、新兵行進
  5 10:18:10〜10:22:23 04'13" 良/ナレーション(英)
地図、鄭州で黄河を決潰させ洪水作戦を展開、濁流、岸を崩す、洪水に見舞われる日本軍部隊、洪水の中の中国民衆、進軍する日本軍部隊、中国ゲリラ兵、ドラを鳴らして走る農民、集結する中国軍、砲撃で逃げる日本兵、クリークで難行軍
映像サンプルナレーション
 日本との戦争に圧倒的な軍事力の差から敗退につぐ敗退を余儀なくされながらも、中国国民は屈服することなく旺盛な戦意を持ち戦い続けました。この戦意を支えたのがビルマルートを通じるアメリカ、イギリスなど連合国側の間断のない軍事援助でした。日本軍の進攻に、南京から武漢、武漢から重慶へと後退しながらも蒋介石政権はこの援助をもとに続々と新しい部隊を編成し戦場へ送ったのです。

No.129 第2次近衛内閣と「大東亜共栄圏」(1940.07.22)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-35 00:33:25〜00:34:41 01'16" 良好/肉声
平沼騏一郎の演説、日独伊同盟について演説する近衛文磨、会場を埋める大群衆、米内光政大将演説
映像サンプルナレーション
 昭和15年7月22日、第二次近衛内閣が成立します。3年前の昭和12年第1次近衛内閣で近衛は軍部の独走を押さえる切り札と期待され登場したのですが、軍部を押さえることが出来ず、日中戦争の泥沼化と国際的孤立に嫌気がさし政権を放り出しました。しかし近衛に期待する国民の人気は衰えず近衛は「大東亜共栄圏の建設」を新たなスローガンに再度政権に着くことになったのです。

No.130 ロンドン大空襲(1940.08〜)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  27 00:13:35〜00:17:25 03'50" 良好/サイレント
ナチVロケット飛行、警戒する英市民、警報ベル、防空壕へ入る市民、子供(学童疎開)地下指令部、食事風景、破壊された建物、犠牲者、チャーチル被災地を慰問
  4 08:07:20〜08:08:25 01'05" 良好/ナレーション
ロンドン市内、各国の軍隊が集結するロンドン、指令部それぞれ顔CU
  34 00:52:30〜00:55:00 02'30" 不鮮明、良/ナレーション
飛行機、夜間空襲、消火作業、炎上するビル、地下壕の人々、建物
  49 00:21:20〜00:22:35 01'15" 良好/サイレント
炎上する建物、消火活動、復旧活動、人々、皇太后慰問に訪れる、子供と会話
  49 00:29:05〜00:33:10 04'05" 良好/サイレント
ロンドン塔(遠景)、空襲を受けたロンドン、炎上するビル、破壊されたビル、被災状況俯瞰、夜間空襲で火災、破壊されたロンドン、火災、自動車、船などの被害、炎上する町(遠景)破壊されたビル群、町
55 01:05:49〜01:08:07 02'18" 良好/ナレーション(英)
独軍機の空襲、対空放火、炎上する家、消火活動、学童疎開、夜間爆撃、炎上、チャーチル被災地視察、Vサインの市民たち
映像サンプルナレーション
 1940年9月7日、世界最大の戦力を誇るドイツ空軍900機がイギリスの首都ロンドンを爆撃、大火災が発生し、市内は混乱のるつぼと化しました。ドイツ空軍によるイギリス攻撃作戦は当初軍事目標に限られ、首都ロンドンの爆撃はヒトラーにより禁止されていました。しかし方角を見失ったドイツ軍機がたまたまロンドンを誤爆し、イギリスは報復のためベルリンを空爆します。この結果ドイツは方針を変え、以後呵責のない都市爆撃が続くことになったのです。

No.131 トロツキー暗殺(1940.08.21)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
35 00:28:00〜00:28:35 00'35" 良/サイレント
ベッドのトロツキー、頭に包帯をまいている、看護人、トロツキーCU、病院の周りの記者たち、病院から棺が運び出される、見守る人々、自動車の中の棺
  56 02:40:12〜02:40:30 00'18" 良好/ナレーション(英)
メキシコに着いたトロツキー夫妻、インタビューを受けるトロツキー
映像サンプルナレーション
 1940年8月21日、ロシア革命の指導者レフ・トロツキーが亡命先メキシコのコヨアカンの自宅で、スターリンの意を亮けた暗殺者ラモン・メルカデルにピッケルで頭部を一撃され翌日死亡、60才でした。トロツキーは外務人民委員として対ドイツ講和条約を結び、軍事人民委員として赤軍の創設者になるなどロシア革命ではレーニンに次ぐ指導者でしたが、レーニン死後スターリンとの抗争に破れソ連から追放されていました。

No.132 日本軍仏印進駐(1940.09.23)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  35 00:53:43〜00:54:17 00'34" 良、不鮮明/サイレント
仏印に進駐した日本軍―日の丸をかかげた代表、仏印軍兵士、破壊された建物、仏兵と一緒に
N-69 00:35:34〜00:36:34 01'00" 良好/ナレーション
仏印軍と交戦する日本軍、ドンタン、ランソンを武力占領
映像サンプルナレーション
 1940年、昭和15年9月23日、日本軍は北部仏印、現在のベトナム北部に中国国境を越えて武力進駐しました。東南アジアは、イギリス、フランス、オランダなどが植民地を持つ勢力圏でしたが、当時フランスとオランダはドイツに屈し、イギリスが降伏するのも時間の問題とされていました。泥沼化した日中戦争に苦慮し、石油・ゴム資源の確保に迫られていた日本ではこの好機を逃さじとする南進論が急速に高まった結果でした。

No.133 日独伊3国同盟(1940.09.27)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:27:20〜05:31:20 04'00" 良好/ナレーション、実況
ムッソリーニのポスター、イタリアの少年、日の丸「バンザイ」の少年、太鼓を打つドイツ少年、行進する日本少年、同イタリア少年、同ナチス少年、日本の軍事教訓の少年、軍事パレード、足のCU、パレード、ヒトラーの手のCU、兵士の顔CU、老人CU
  10 19:06:13〜19:07:02 00'50" 良好/ナレーション
日本、イタリアの少年パレード、ドイツ少年のパレード、日本の軍隊、同独(以下同じ)、ヒトラー、軍事パレード
6 11:05:25〜11:06:10 00'45" 良好/ナレーション
ナチス幹部、集会で「バンザイ」、イタリア少年の歓呼、日本の集会、調印式のヒトラー、栗栖、チアノ、調印
  6 11:11:25〜11:12:40 01'15" 良好/
独軍、イラスト(軍事費)戦車のパレード、空軍、パレード、日本軍事パレード
  24-A 00:03:08〜00:03:56 00'48" やや良/ナレーション(英)
調印式に現れるヒトラー、日本代表他
映像サンプルナレーション
 1940年昭和15年9月27日、日本、ドイツ、イタリア3国政府間で交渉が進められていた三国同盟条約がヒトラー総統官邸で調印されました。条約の内容はヨーロッパと東アジアに新秩序を建設するにあたり相互に指導的地位を認め政治的、経済的、軍事的に相互援助を行うというものです。イギリスを仮想敵国とする三国同盟参加により日本はイギリスおよびアメリカと真っ向から敵対する立場を選んだのです。

No.134 ビルマ戦線・援蒋ルート(1940.10.18〜)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
1 01:26:00〜01:34:23 08'23" 良好/ナレーション(英)
地図、船を運ぶトラック、戦車・重砲等渡河、英部隊渡河、廃虚を行く英軍、虚脱の日本兵捕虜、英将校現地人とミーティング、砲撃、前進する部隊、日本兵の死体、共同作戦の中国軍、寺院前の英・中兵、LEDO ROAD開通式、将軍に報告する輸送隊長、輸送隊出発、山道を縫い進む輸送トラックの列
  1 01:34:35〜01:37:09 02'34" 良好/ナレーション(英)
苦力に引かれて川を上るジャンク舟、ドラム缶を荷車に積んで運ぶ、アメリカ群のトラックに積み込まれるドラム缶、渡河するトラック、ジャングルの中のテント群
  1 02:04:50〜02:07:56 03'06" 良好/ナレーション(英)
移動する米部隊、軍用犬と兵士、水、食事、ジャングル行軍、壊れた橋を渡るロバと兵士、中国本土へ向かう中国民衆と軍隊、眠りこける兵士、荷車の民衆、トラックの中国軍
  1 01:14:20〜01:17:20 03'00" 良好/
地図(インド・ビルマルート)、クレーンで橋脚積込み、トラック輸送、貨車で移動する中国軍、橋を作る工事、活躍するトラクター、完成した橋を渡る中国軍部隊
  5 10:14:10〜10:19:00 04'50" やや良/ナレーション(英)
地図、日本軍パトロール艇、中国援助物資、地図、山地、ロバの輸送隊、トラクター、人力で道路工事、人海作戦、子供も石を砕く、ビルマロード開通、通過するトラック隊
  14 00:46:18〜00:48:48 02'30" やや良/ナレーション(英)
中国軍の進軍の模様、橋を作る工兵、日本軍の遺棄兵器
映像サンプルナレーション
 日中戦争の当初からアメリカ、イギリス、フランスは中国に好意的な姿勢をとり、小銃、機関銃、弾薬、ガソリン、トラック等の軍需物資をイギリスの植民地ビルマルートおよびフランス領インドシナルートを通じて輸送し、中国抗日戦争の命綱となっていました。この映像は南インドのレドを起点にビルマ、現在のミャンマールートから中国南西部昆明に向かう輸送隊の模様です。

No.135 イタリア、ギリシャ侵攻(1940.10.28〜)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:12:30〜05:12:37 00'07" 良/ナレーション
砲撃、上空よりアテネの町を見る、砲撃
35 00:27:04〜00:27:57 00'53" やや不鮮明/
ムッソリーニ、歓呼の人々、ギリシャ侵攻の伊軍、ギリシャ人、アテネ―ギリシャ軍、パレード
映像サンプルナレーション
 1940年10月28日、イタリアのムソリーニは地中海をイタリア化するという長年の夢と自分にも電撃戦が可能なことをヒトラーに誇示するため、イタリア軍参謀総長バドリオ元帥の反対を押し切ってギリシャへの侵攻を開始しました。しかし、北アフリカ戦線で疲弊したイタリア軍の士気は上がらずギリシャ軍の反撃を支え切れずドイツ軍に支援を求める結果となりました。

No.136 紀元2600年記念式典(1940.11.10)昭和15年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
46 00:38:00〜00:40:48 02'48" やや不鮮明/英ナレーション
皇居前の2600年式典、式辞を述べる近衛、前に天皇、皇后式典場の大群衆(農業)、天皇前で近衛万歳三唱
映像サンプルナレーション
 昭和15年11月10日、日本書記に述べられた神武天皇即位から2600年目に当たるというこの年を記念して、皇居前広場に5万5千の参加者を集め盛大な祝賀式典が行われました。近衛首相が開会の言葉を述べ、昭和天皇が勅語で応えます。戦前の歴史観に基づくこうした行事は、「神国日本」の意識を深め、国民を戦争に向け動員するための大きな武器となったのです。

No.137 Uボート大西洋作戦展開(1941.01〜)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
4 08:05:25〜08:06:35 01'10" 良好/ナレーション
連合軍艦隊、Uボート戦、Uボート乗組員救助、作戦本部(米側)
  8 15:14:15〜15:17:55 03'40" 良好/ナレーション
空母、飛び立つ偵察機、対Uボート戦、戦闘機によるUボート攻撃、沈没寸前のUボート、同乗組員救助、連合軍の潜水艦、捕虜になった乗組員(米側)
  34 00:50:45〜00:51:10 00'25" 不鮮明/ナレーション
Uボート、ドイツのラジオ塔(独側)
  49 00:37:10〜00:40:55 03'45" 良好/独ナレーション
独海軍将校が整列、デーニッツ提督CU、閲兵、数千の海軍将兵、デーニッツ演説、Uボートでの訓練、砲撃、爆撃機、Uボート航行、無線員、潜行開始(独側)
  N-65 00:34:27〜00:35:53 01'26" 良好/ナレーション(英)
Uボート魚雷発射、撃沈される船、爆雷攻撃、浮上したUボートを砲撃、Uボート沈没、救助される乗組員
映像サンプルナレーション
 第2次大戦中、軍需物資の輸送や通商のため大西洋を航海する連合国側船舶に対するドイツの潜水艦Uボートによる攻撃は熾烈を極め大きな損害を与えました。連合国は対抗措置として、多数の商船を一つにまとめ、駆逐艦などの海軍艦艇で護衛する護送船団方式をとりました。また対潜水艦作戦の武器も次々に開発され1943年頃を境にUボートによる被害は減り逆にUボート側の損失が増大する一方となったのです。

No.138 松岡外相訪欧(1941.03.12)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-12-3 01:07:48〜01:09:12 01'24" 良好/一部ナレーション
ベルリン市内パレード、大歓迎を受ける、オープンカーの松岡、ヒトラー、ゲーリングと握手
映像サンプルナレーション
 1941年3月27日、日本の松岡外相歓迎一色のベルリンです。ソ連を経てドイツ入りした松岡外相の狙いは日独伊3国同盟にソ連を加えようとするものでした。しかし秘密裡に対ソ戦の準備を着々と進めるヒトラーは松岡の4国同盟案に関心を示さず、逆に対英国戦への参加、シンガポール攻略の早期着手を求め、松岡はシンガポール攻撃論を強調したものの、約束は出来ないとヒトラーの要求を躱 (カワ) し、結局両者の思惑はすれ違いに終わったのです。

No.139 独ソ戦前のソ連軍・スターリン閲兵(1941)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
N-35 01:03:26〜01:04:05 00'41" 良好/ナレーション
スターリン。モロトフら閲兵台に立つ、行進する兵士、高射砲隊、戦車隊、航空部隊
  51 00:35:13〜00:36:27 01'14" 良好/サイレント
航空部隊大編隊、スターリン、モロトフら、爆撃演習、航空機の胴体に鈴鳴りのパラシュート部隊、主翼を滑り降りて次々に降下
映像サンプルナレーション
 スターリン、モロトフらが見守る中,モスクァ赤の広場で行われるソ連軍の示威行進。1941年のこの当時のソ連は、近代化されたドイツ軍に比べ、戦車、航空機など兵器は旧式化しており、スターリンはこの状態でナチスドイツと単独で戦う羽目になることを何よりも怖れていました。ヒトラーの侵略の矛先を躱す狙いをもった独ソ不可侵条約の締結も歯止めとならず、やがてドイツ軍の大規模な対ソ連侵攻作戦が開始されることとなります。

No.140 ナチ副総統ヘス英国へ単独飛行(1941.05.10)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
35 00:56:30〜00:57:37 01'07" やや不鮮明(ブレあり)/サイレント
ヘスCU、手をあげる、民間人と握手、飛行地図、ヘスの飛行機を捉える、ヘス英国到着
映像サンプルナレーション
 1941年5月10日、ドイツのナチス副総統ルドルフ・ヘスが単身メッサーシュミット戦闘機でスコットランドに飛びパラシュートで降下、逮捕されました。彼の目的はイギリスとの講和でしたが、何も知らなかったヒトラーは激怒しヘスの行為を狂気と精神錯乱の結果であると発表しました。

No.141 独ソ戦始まる(1941.06.22)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
10 19:09:15〜19:10:25 01'10" 良好/ナレーション、実況
砲撃、独軍歩兵進攻、市街での銃撃戦を展開、撃たれて倒れるソ連兵1人、突撃する独兵、倒れる独兵1人、雪上を馬でかけるソ連兵、白衣の狙撃兵たち
  34 00:56:30〜01:00:15 03'45" やや良/ナレーション
ソ連領遠望、バルバロッサ作戦を練るヒトラーと司令官たち、ヒトラー、司令官の1人と立話し、スターリン演説、ソ連兵CU、行進、防備作業、トラクターで農作業、焦土作戦、独の捕虜、死体、爆撃機、るいるいたる死体、戦車
  7 13:09:25〜13:13:35 04'10" 良好/ナレーション
ロシア領に侵攻した独軍、トラックなど機動部隊、砲撃、機関銃、さまざまな武器、独爆撃機、るいるいたる死体、戦車
  50 00:11:22〜00:16:12 04'50" 良好/露ナレーション
防空気球CU、バリケードを築くロシア人、サイレンの音(夜間)、気球上がる(夜)、地下に待避する人々、眠る子供、サーチライト、攻撃、労働にはげむ人々、砲撃、スターリン、演壇に、拍手で迎える幹部たち、マレンコフらヒナ壇に、拍手なりやまず、スターリン演説、赤の広場をパレード、戦車砲撃、雪の中で反撃、卍旗にさらさている(ソ連側)
  50 00:17:50〜00:21:25 03'35" 良好/独ナレーション
パトロール中の2人のロシア兵、ドイツ兵砲を構える、新聞、戦車、ドイツ騎兵、オートバイなど機動部隊進撃、迎撃するソ連軍、建物を占拠する独軍
映像サンプルナレーション
 1941年6月22日、戦車3680両、戦闘機2770機に支援された350万のドイツ軍がソ連国境に殺到、史上最大規模といわれる「バルバロッサ作戦が開始されました。ヒトラーの目的は‘共産主義ソ連’の根絶とスラブ民族の奴隷化であり、またヨーロッパ東部の広大な地域をドイツ民族の移住地及び資源の供給地として確保することにあったのです。

No.142 大西洋憲章(1941.08.14)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  42 00:56:58〜00:57:00 00'02" やや不鮮明/ナレーション(インド映画)
艦上でのチャーチル、ルーズベルト
51 00:55:58〜00:57:25 01'28" 良/サイレント
机に坐って並ぶチャーチルとルーズベルト、2人の顔CU、※要確認(大平洋会談の時のものかどうか)
映像サンプルナレーション
 1941年8月14日、イギリス首相チャーチルとアメリカのルーズベルト大統領がカナダ東岸に停泊したイギリス戦艦「プリンスオブウェールズ」の艦上で、ドイツ、日本、イタリア3国との戦争の進め方について協議するとともに、戦後目指すべき“平和で民主的な国際秩序”の理念を8項目にわたってうたった「大西洋憲章」を発表しました。この理念が国連や日本国憲法9条の精神につながることとなります。

No.143 東条英機内閣成立(1941.10.18)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 06:27:17〜06:27:19 00'02" 良好/英ナレーション
東条の顔
  10 19:03:53〜19:03:58 00'05" 良好/英ナレーション
声明文を読みあげる東条(VOL3と同じ)
  10 19:04:14〜19:04:16 00'02" 良好/英ナレーション
内閣成立、閣僚と共に
  10 19:05:57〜19:06:01 00'04" 良好/英ナレーション
声明文を読みあげる東条(同シーンあり)
  46 00:47:15〜00:47:30 00'15" 良好/英ナレーション
議場内、海相CU、その隣の東条、陸海主脳車から降りてくる
  N-17-1 00:14:43〜00:14:59 00'16" 良好/ナレーション
首相官邸を出る東条首相
  N-12-3 01:13:57〜01:14:10 00'13" 良好/肉声
演説する東条
  62 00:16:06〜00:17:08 01'02" 良好/サイレント
開戦1年記念演説をする東条首相
62 00:15:03〜00:15:45 00'42" 良好/サイレント
軍需工場を視察する東条首相一行、工員を前に演説する東条
映像サンプルナレーション
 この映像は軍需工場を視察する東条首相一行です。1941年、昭和16年10月18日、東条内閣成立。日中戦争の泥沼化の中で事態解決の期待を集めた近衛内閣は、軍部の日米開戦への圧力増大に対し、開戦の責任を回避、総辞職しました。後を受け首相となったのは、開戦積極派東条陸相でした。東条内閣の成立は文字通り戦争内閣の成立でした。こうして日本は一気に太平洋戦争開戦へと突き進むこととなります。

No.144 ドイツ軍の進撃停止、ソ連軍の大反攻(1941.12.05〜)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
11 22:01:50〜22:02:40 00'50" 良好/ナレーション
反攻するソ連軍、砲撃、独兵のおびただしい死体、スターリン、整列のソ連兵、反攻の地図・イラスト
映像サンプルナレーション
 ドイツがソ連に侵攻した最初の1年は、ドイツ軍が圧倒的優勢でした。しかし、ソ連南部の工業中心地スターリングラードをめぐる攻防戦で状況は一変ドイツ敗退のキッカケとなりました。1942年9月パウルス将軍麾下(キカ)のドイツ第6軍25万がスタリングラードを攻撃し、ソ連防衛軍と第2次大戦史上屈指の激戦を展開しますが、圧倒的な兵力を投入したソ連軍に逆包囲されて孤立、翌1943年1月降伏した時は9万に減っていました。

No.145 ヨーロッパ西部戦線・連合軍苦戦(1941)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
65 02:00:09〜02:02:31 02'21" 良好/ナレーション英語
オランダのドイツ軍/連合軍モンゴメリー将軍視察、雪やぬかるみ、オランダの低地等を行軍/市街戦/イタリア戦
映像サンプルナレーション
 ドイツ軍の西部戦線総攻撃は、オランダ、ベルギー両国への激しい空襲とそれに続く落下傘部隊の降下で始まりました。この映像はオランダの低湿地帯を移動する連合軍部隊の様子です。ドイツ軍侵攻5日目の5月15日にはオランダが降伏、5月25日英軍ダンケルクから撤退、6月22日フランス降伏と連合国側の敗北が続きました。

No.146 真珠湾攻撃・太平洋戦争始まる(1941.12.08)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  5 10:23:40〜10:24:00 00'20" 良好/英ナレーション
日本連合艦隊、首脳が艦上で円卓を囲み作戦会議、真珠湾攻撃(中国語スーパー)
  8 15:19:05〜15:19:30 00'25" 良好/サイレント
真珠湾攻撃―爆破された米艦。(かなり接近)、浜辺の光景
  10 19:04:00〜19:04:10 00'10" 良好/実況
黒煙を吐き、燃える米艦
  34 00:00:35〜00:05:20 04'45" 不鮮明、やや良/英語ナレーション
攻撃前後のパールハーバー―日本機飛行、12月7日の早朝、基地の米機、日本編隊、奇襲されたパールハーバー(Vol 8,10と同じシーン)、被災の状況、沈みかけた米艦の残骸、米会議、ルーズベルト演説、野村大使ら(日米交渉)、米市民、議会
  6 12:16:10〜12:17:20 01'10" 良好/ナレーション、実況/英語
ワシントンDC―議事堂に車でのりつける、ルーズベルト宣戦の声明(肉声)、米高官
  55 01:10:25〜01:12:28 02'03" 良好/米ナレーション
野村大使の最後通告、攻撃する日本機、沈没、大破する米艦、奇襲後のハワイパニックの基地、燃える建物、黒煙の米艦、NYC、電光ニュースで奇襲を告げる、新聞、通信、ハワイの惨状、収容された人々、日本の特殊潜航艇、基地の破壊状況
  N-12-3 01:09:15〜01:10:41 01'26" 良好/ナレーション
発艦する攻撃機、編隊、空襲(空撮)、炎上する米艦、飛行機空爆
N-54 00:05:29〜00:10:01 04'32" 良好/ナレーション
連合艦隊―編隊飛行、荒波の戦艦、山本五十六司令官、大編隊、戦艦群、南雲艦隊出動、艦上の攻撃機、続々離島、編隊を組んで真珠湾へ、真珠湾の米艦、空港爆撃、米艦撃沈
映像サンプルナレーション
 1941年昭和16年11月8日、日曜日午前7時49分、日本海軍機183機が、真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊を奇襲、太平洋戦争が始まりました。米軍の被害は甚大で戦艦6隻、重巡1隻、油槽船2隻が撃沈、その他多数の艦船が撃破されたのです。アメリカはこの奇襲に対し卑怯な闇討ちであるとして“リメンバーパールハーバー!”を合言葉に日本に対する国民の戦意をかき立てる結果となったのです。

No.147 英不沈戦艦・プリンス・オブ・ウェールズ撃沈(1941.12.10)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  N-12-3 01:10:42〜01:11:24 00'42" 良好/ナレーション
日本爆撃機編隊、同機内、プリンス・オブ・ウェールズを空爆、炎上
65 01:00:47〜01:01:35 00'40" 良好/ナレーション英語
プリンス・オブ・ウェールズ号空撮/日本爆撃機編隊、空爆、爆発
映像サンプルナレーション
 1941年昭和16年12月10日、サイゴンに基地を置く日本海軍航空部隊がマレー半島沖でイギリス東洋艦隊の主力戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」を急襲、撃沈しました。「プリンス・オブ・ウェールズ」は、厚い装甲と毎分6万発以上の対空火器を持ち、「不沈戦艦」と呼ばれたイギリス海軍自慢の最新鋭戦艦でした。

No.148 日本、南方での勝利つづく(1941)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  3 05:18:15〜05:18:55 00'40" 良好/英ナレーション
白馬の天皇、閲兵式に、敬礼する男子女子、軍部代表たち、荒木「バンザイ」
  5 10:24:30〜10:24:40 00'10" 良/英ナレーション
香港、マレーシア、シンガポールなど攻略する日本軍、ビルマロードなど地図・イラスト(スーパーあり)
  1 01:11:05〜01:12:50 01'45" 良好/米ナレーション
サイパンを示す地図、夜間攻撃、米軍のB-29基地襲撃、消火する米兵
N-11-1 00:10:26〜00:12:50 02'24" 良好/ナレーション(日)
ゲマス、タンピン爆撃、南下する陸上部隊、クアラルンプール入城
  N-12-3 01:11:24〜01:13:56 02'32" /ナレーション(日)
マレー半島上陸、パーシバル中将と山下奉文、連合艦隊、山本五十六/東南アジア各地を転戦する日本軍、戦闘、砲撃に倒れる兵隊、燃える市街を突撃する日本兵
  N-16-2 00:10:17〜00:13:38 03'21" 良好/ナレーション(日)
アンダマン島の防衛陣地、飛行場建設に取り組む、インド人、原住民、象の作業、飛行場完成、離陸する空軍機、見送る山本五十六連合編隊指令長官
  N-54 00:10:04〜00:11:44 01'40" やや良/ナレーション(日)
バレンバン戦線―英軍機を迎撃する日本軍、撃墜された英機、ジャングルを行く日本軍、象、マレー半島の村を行く日本軍、銀輪部隊
  65 01:01:35〜01:16:33 14'58" 良好/英ナレーション
マレー半島の日本軍進軍/自転車隊/橋梁工事/ジャングル戦/日本軍の戦車隊/イギリス軍シンガポールへ撤退/破壊された橋
映像サンプルナレーション
 1941年12月8日真珠湾攻撃と呼応しマレー半島コタパルに上陸した山下奉文中将麾下の第25軍将兵は、迎え撃つ英軍を撃破、怒濤の勢いでマレー半島を南下し、翌1月11日クアラルンプルを占領、2月11日にはシンガポール最後の拠点ブキテマ高地を攻略し、英軍司令官パーシバル中将は無条件降伏を余儀なくされました。

No.149 日本軍、香港占領(1941.12.25)昭和16年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
9 17:01:50〜17:04:55 03'05" 良好/英ナレーション、音
香港の町、日本軍の砲撃、海からも、空からも、船を攻撃、爆弾投下、炎上する香港、万歳する日本船団、上陸、炎上するガスタンク、突撃、破壊された町、日の丸の政庁、武器押収、捕虜となった英軍兵士、「バンザイ」、香港入城式
  7 13:14:40〜13:15:10 00'30" 良好/英ナレーション
占領前の香港―香港全景、英軍上陸、全景、英国旗ひるがえる、バリケード
  40 00:22:35〜00:27:40 05'05" 良好/実況
日本海軍香港に迫る、船上の日本海軍、新美司令官、双発機飛行、上陸開始、艦砲射撃、船を攻撃(VOL9と同)、炎上する香港(VOL9)、「アジア・戦車」の炎上(VOL9)、炎上する戦車、モクモクと煙が天にとどく、香港攻略―新美司令官上陸、捕虜となった英兵士(VOL9)、同英兵士CU、飛行部隊の入城で始まる香港入城式―酒井、新美最高司令官を先頭に入城、遺骨を抱いた兵士
映像サンプルナレーション
 1941年12月8日、酒井中将麾下の日本軍第23軍が中国、香港国境から侵攻を開始、モルトビー少将指揮下の英軍1万は堅固なトーチカ陣地によって防御ラインを敷き迎え撃ちましたが、日本軍の小銃と手榴弾の肉薄攻撃を受け、各所で防御ラインが突破されました。香港の生命線である貯水池も日本軍の手に落ち、12月25日英軍は遂に降伏を余儀なくされました。

No.150 日本軍、マニラ占領(1942.01.02)昭和17年
Vol. アドレス 分 秒 注  記
  34 01:00:30〜01:01:15 00'45" 良/英ナレーション
マッカーサー(マニラ)授勲する、マニラ空襲、燃える家屋、破壊された建物、街路で犠牲者たち
  6 12:17:30〜12:19:20 01'50" 良/英ナレーション
米国とフィリピンの国旗、マッカーサーとフィリピン大統領握手、基地、米軍機飛ぶ、日本船団に爆弾投下、星条旗が降ろされ、日本兵の手で日章旗が「バンザイ!」 ※要ナレーション確認
  7 13:35:50〜13:37:55 02'05" 良好/サイレント
マニラ市民空襲で待避、日本機急降下、爆発、上空の日本機、破壊家屋その内部、炎上するマニラ市
N-11-1 00:14:25〜00:17:20 02'55" 良好/ナレーション
マニラ港、飛行場の残骸、バギオ日本人会本部、マニラ市内、日本軍の押収した自動車群、日本軍による行政府組織
映像サンプルナレーション
 (オリジナルの音声)

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No.1〜No.50No.51〜No.100No.101〜No.150No.151〜No.200No.201〜No.250No.251〜No.300No.301〜No.345No.H1〜No.H12